no.018 「施主心理」
     1996年卒業 陣内ゼミ 田村 実
   
 

  社会に出て十数年、一貫して施主という立場で建築に関わっている。
  現在は、建築家が設計するコーポラティブハウスの企画・プロデュースが仕事で、最近は過去に建てた建物の仲介を担当している。
  いずれにしても、設計者や施工者とは少し違った立場から建築を見てきたことになる。

  そんな自分が施主となって家を建てることになった。
  設計者でも施工者でもないから、正真正銘のただの施主だ。
  家は約3年の期間を経て無事竣工したのだが、いざ施主になってみてはじめて「施主心理」というものを、自らの体験として理解する貴重な体験となった。

  1つは、施主は不安だということだ。
  家づくりなどはじめてだし、ましてや建築など専門外。そんな彼らからすると家づくりの何と大変なことか。
  自分の希望が設計者に伝わっていないのでは?この提案は本当に自分が望んでいたものだろうか?他にもっといい案があるのでは?など、色々と心配になってしまうのだ。
  その結果が、なかなか意思決定をしてくれない、要望が二転三転する、やたらと細かい、はたまた懐疑的だったり攻撃的だったりと、そんな行動として表れるのかも知れない。
もう1つは、意外に自分のことが見えていないということ。

  先日亡くなったスティーブ・ジョブズ氏がこんな言葉を残している。
「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない」
「製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのか分からないものだ」
  消費者を建築主、製品を建築と言い換えれば、全くその通りだと思う。
  個人差はあると思うが、実のところ自分が何を求めているのかが分かっていなかったり、確信が持てていなかったりするのだ。

  スケジュールや予算、施主の要望をまとめることに終止しがちな家づくり。
  良い建築をつくるには、施主である彼らの不安を取り除きつつ良い雰囲気の中で家づくりを進められるような環境づくりが欠かせないし、ときには施主である彼らの背中を押してあげる役割も大切なのだ。
  そしてこのことは、今の自分の仕事が持つ意義を再確認することにもつながっている。

 閑話休題。

  ところで自分はどんな施主だったのか?
  仕事とは勝手が全く違い、いざ自分のことになると難しいものだということを痛感した。
  幸か不幸か、依頼した建築家が良き案内人として、思い切り背中を押してくれるタイプであったこともあり、ご覧の通り、かなりチャレンジングな住宅が完成している。

 

 
 
 
 
[プロフィール]    
田村 実
   1996年卒業 陣内ゼミ
    1996年卒業 陣内研究室
1996年〜2002年 日本新都市開発株式会社
2002年〜株式会社アーキネット
コーポラティブハウスを舞台とした個人の家づくりをサポートする仕事に携わっている。
妻と8歳と4歳の男児の4人家族。