no.055

原理探究

   

2003年卒業 渡辺ゼミ  伊原 将晃




 
     
 

 幼い頃、母が琴の師範であった事から、遠征先の演奏会に連れ出されては、音楽堂の控室で帰りを待ち続けていた思い出がある。
そんな折、洞窟の奥から響いてくるような、優しい音色が聞こえて来た事を今でもよく覚えている。音が空気に伝播する単純な法則ではない、もっと感覚的な気配を交えた音があると感じていた。その時の感覚は何なのか、今になっても考える探究のひとつだ。

 10年程前、様々な人種と文化が交わるシルクロードを遡り、原理探求と称してユーラシア大陸横断を試みた事がある。当時、建築物を通して観察する世界が、探究を解く手段だと信じていたが、実際、毎日体感していると、とても泥臭い人間的な感情が渦巻いている世界で、人々に順応しながら建築が誕生してゆく姿に気が付いた。優れた建築家が先行して在るのではない、先ず人が発する喜びや怒りといった感情が根幹にあって、実はそこから空間の質みたいな「物」が「人」から創り出されている。

 今日まで、その根本的な原理を探って来た訳だが、例えば素材から使い手に喜びや感動を与える方法がある。以前、住宅を建てる際に、全ての木部材を原木から切出して、製材、墨付けを繰返し行い、大量の原寸詳細図を描き、それを元に加工し組立てる、途方も無い作業に従事した経験がある。正直、へこたれる毎日が続いたが、木目を見てその木の表情を捉え1mm単位で部材を木取りし適所に納めて行く、しかもその空間の空気がまとわり付く様に適材を当嵌めると、まるで精巧な工芸品の様に、全ての部材から意志が伝わる空間が出来上がる。
こうした感情を伴う作業を隙なく自らに課すと、その精神は必ずミリから空間全般にまで具象化する。この設えを体感する人は、何らかの気配を感じずにはいられない。思えば、琴の音色も人が奏でるからこそ、物を通して感情や気配を感じるのだと考えている。
何時の時代でも感動は不変であるから、豊かな建築を創り出す事は必要だと思う。

  今、日本人の持つ繊細さを活かした海外のリゾート計画に取り掛かっている。「感動を与える原理」を念頭に入れて、新しい手法を見つけようと日々探究している。

 


 

 
  大陸横断の軌跡
   
 
 
巨木マホガニーの製材模様
   
 
  先日、新しい手法で完成したリゾート
   
   
   
   
 
 
[プロフィール]    
伊原 将晃   2003年卒業 渡辺ゼミ
   

1979 東京都生まれ
2003 法政大学工学部建築学科卒業(渡辺ゼミ)
2003〜2004 建築研究の為、ユーラシア大陸を単独横断
2004〜2012 齋藤裕建築研究所勤務
2012〜 In dot design発足
2012〜 ホテル・リゾート設計に従事