no.063

旅に出る理由

   

2001年修了 渡辺真理研究室 西牟田奈々


 

 学生のころは、長期休暇が決まっていたので、旅の計画がしやすかった。学部3年の冬にはバックパックでヨーロッパに3週間出掛け、建築から建築を駆け回った。

 その旅行での収穫が大きく、旅に飢えていた修士1年のある日、ゼミで渡辺さんが「陣内研と合同でバリ島のゲルゲル王朝の都・クルンクンの都市調査をすることになりました。(中略)いかがでしょう、誰か行く気のある人はいますか?」と切り出した。その質問の終わりかけには、私と隣に座っていた友人とで、ハイハイハイハイと手を挙げていた。後先も考えずに。とにかくそのときには、海外に行くチャンスを逃したくなかった。もちろん陣内さんと調査ができるかもという期待もあった。結局その年はナベ研から3人、陣内研から8人、教授陣、外部の関係者、通訳を含めた計22人が参加、翌年はもっと多くの学生が参加し、バリの民家や寺院、儀式などのフィールドワークを行った。その旅で一生の仲間を得ることができたし、フィールドワークは現在も私のライフワークとなっている。

 今は、旅に出るにはそれなりの時間もいるが、理由も欲しい!きっかけがないと決心も鈍る。そこで編み出されたのが、世界遺産とサッカー観戦である。

 2012年、ユーロ2012に合わせて、ウクライナへ出掛けた。世界遺産のキエフの街を歩き、キエフとドネツクの2つのスタジアム建築を体感し、スーパースターが活躍するサッカーも楽しめる。途中のトランジットは世界遺産の宝庫、トルコのイスタンブールを選ぶ。

 ドネツクのドンバスアリーナは、アラップが設計し、2009年に竣工したスタジアムで、普段はウクライナプレミアリーグのFCシャフタール・ドネツクのホームスタジアムである。残念ながら、戦火の犠牲となり現在は機能していないが、この場所は素晴らしいところだった。会場周辺のランドスケープは、とても美しくロマンチックであり、何といってもスタジアムの夜景は世界が熱狂するのにふさわしい装いだった。

 ユーロ2016はフランス大会。ヘルツォーク&ド・ムーロンのスタッド・ド・ボルドーをはじめ、多くのスタジアムが新設もしくは改修され、さらに周辺も整備されて魅力的な場所となるだろう。チケットの抽選結果を祈るばかりである。

 
 

ドンバスアリーナ:芝と樹木のランドスケープ

   
 
  ドンバスアリーナ:試合後24時すぎの夜景
   
   
   
   
   
 
 
[プロフィール]    

西牟田奈々

  2001年修了 渡辺真理研究室
   

1976年さいたま市(旧浦和市)生まれ。1998年に渡辺真理研究室の和田江身子・平田晶と共に建築ユニットSML発足。手塚貴晴+手塚由比/手塚建築研究所を経て、2006年SML一級建築士事務所設立。東京デザイナー学院建築デザイン科非常勤講師。代表作「ホンポウハウス」「カンレキハウス」「ジョウショウハウス」「アシナガハウス」など。 三浦展氏とSMLの共著で『高円寺 東京新女子街』出版。