no.108

建築学科を出て本づくりを仕事にすること
2019年6月  

川尻 大介(2002年卒業 陣内秀信ゼミ) 


 建築学科を卒業後、出版社に入り、建築専門書を編集する仕事をしています。書籍の編集は文系の仕事と思われがちですが、工学書をつくるには専門的な知識も必要だし、今は建築専門出版社に建築学科出身者がいるのもめずらしくありません。私は就職して15年ほどの間に建築家や、建築・都市分野の専門家の著者とともに50冊ほどの出版に関わってきました。単純計算なら1年で3冊足らずですが、駆け出しのころはいきなり1冊担当できるわけもありませんし、また書籍の編集から離れた時期もありました。ですから年数を経て経験を重ねるうち、次第に手掛けられる出版企画の本数も増えていった結果がこの冊数です。

 とはいえ出版の世界では単行本ひとつとってもひと括りにできないほど書物のスタイルは多様で、それは建築の分野でも同様です。この原稿を書いている2017年5月現在、今年に入って出版した3冊の本にかぎっても東北・三陸地方の災害史、水の都ヴェネツィアの近代史、日本の近現代住宅作品集といったように題材はさまざま。またテーマにかかわらず、初学者向けの教科書から、論文を元にした研究者向けの高度な専門書、さらには裾野の広い建築家の作品集や展覧会カタログまで、用途も多岐にわたります。海外の文献を翻訳して出版することもしばしばで、建築専門書といえども成り立ちは1冊ごとに異なるのが実状です。

 ところで専門書に対してよく言われるのは、本の値段が高いということ。たしかに売れ筋の実用書やビジネス書、文芸書等と比べると、1000円〜2000円ほどの価格差はざらです。私たち出版の担い手にとってもできるだけ是正したい頭痛の種ですが、こうした差が生まれる理由はただひとつ、読者の数が限られることに他なりません。

 専門書である以上、その本は何某かの専門家に向けて書かれたものであり、料理本やダイエット本のように一般層が読む目的ではつくられていないのです。例えば「一般読者向けの専門書」なんて言われると今ひとつ信用が置けませんよね。専門家と呼ばれる人が膨大にいる分野があるとしたら、それを果たして本当に専門と呼べるかどうか。(狭義の)専門家は独自の知見を追求するがゆえに、高い固有性をもつのであって、だからこそ大学で学ぶ意義が生まれるのではないでしょうか。専門書はこうした学びを支える道具のひとつでもあります。必要な本が気軽に手に入るにこしたことはありませんが、素人が簡単には理解できない知識がそこに投入されているのもまた事実。私たち編集者もいたずらに価格をつり上げ、儲けたいと考えているわけではないのです。

 専門書の出版は、この社会における建築分野の代表者=専門家の間に刮目すべき知見を正確に広めることが最大のミッションであり、一冊と貪欲に向き合ってくれる読者を得ることが、今度は私たちが出版活動を長く、広く続けていく原動力になるのです。

 

(記事は2017年7月時点に執筆されたものです)

 

 
  これまでに編集した本
   
 
 
   
 

   
   
   
   
   
   
   
   
   
 
[プロフィール]    
かわじり だいすけ    
川尻 大介 2002年卒業 陣内秀信ゼミ

   
1979年神奈川県生まれ。
2002年卒業(陣内秀信ゼミ)同年、鹿島出版会に入社。
おもな担当書籍に『B面がA面にかわるとき[増補版]』『戦後東京と闇市』『パブリックライフ学入門』『図解 建築プレゼンのグラフィックデザイン』『レム・コールハースは何を変えたのか』など。
鹿島建設広報室を経て、現在スペルプラーツ。


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