no.135

光の解像度 ―ウィーン野球体験記
2021年9月  

矢嶋 一裕(2005年修了 渡辺ゼミ) 


 

 飛行機が着陸態勢に入ると窓越しの風景は雲上の世界から徐々に高度を下げ地上に近づいていく。夜間飛行する機体が雲を通過すると、そこには今から着陸する都市の夜景が現れる。夜景は、飛行機の高度が徐々に下がるにつれて抽象的な光の粒子から具体的なモノへと変換されていく。ひときわ光を放つガラス張りの高層ビル、街灯とその下を走るヘッドライトを灯した自動車、もっと高度が下がると家の窓に映る人影までわかるようになっていく。飛行高度が下がるのとは対照的に光の解像度が上がることで、光の正体が実は人間の営みを灯す“あかり”であることに気がつくのである。

 ウィーンでひときわ強い光を放つ場所がある。プラター地区である。映画「ビフォー サンライズ」にも登場した遊園地では大観覧車や世界一の高さを誇る回転ブランコをはじめとする250におよぶアトラクションが明滅する光を放っている。プラターには遊園地だけでなく、競馬場や見本市会場、サッカースタジアムに大学キャンパスなど巨大施設が建ち並び、光の集合体を形成している。

 路面電車に乗ってプラターへ向かう。ドナウ運河を渡りプラター公園に入ると並木に沿って路面電車は走る。終点停留場へ到着する手前で防球ネットに囲われた野球場がみえてくる。オーストリアには野球の国内最高リーグとして1985年にブンデスリーグが設立され、現在9チームが二つの地区に分かれリーグ戦を行っている。この球場は、その中のひとつウィーン・ワンダラーズの本拠地である。ワンダラーズの選手兼任監督を務めるのは坂梨広幸さんである。坂梨さんは、大学4年生だった2003年に山口県で行われた世界少年野球大会にかかわったのをきっかけにオーストリア野球関係者から誘われ、2004年からオーストリアでプレーしている。2009年からはワンダラーズの選手兼任監督としてチームを率いて4度のリーグ優勝に導き、さらにその実績が認められ2015年からオーストリア代表監督としてナショナルチームを束ねる立場でもある。2018年にはアジア人として初めて欧州野球監督協会の最優秀年間監督賞を受賞するなど、坂梨さんはオーストリアだけでなくヨーロッパ野球界を代表する人物なのである。

 坂梨さんにお願いしてワンダラーズの練習に参加させてもらった。久しぶりの野球で身体が思うように動かないとはいえ、一度球場に足を踏み入れれば、そこは高校時代にタイムスリップしたように白球を追うことになる。19時に始められた練習は、21時過ぎまで続けられる。今日の主要な練習メニューは打撃練習である。木製バットの乾いた打撃音が球場にこだまする。日の入り時刻が遅い夏のウィーンでは20時過ぎからグランドに照明が灯される。その照明によって選手たちの動きが、より一層躍動していくように感じられる。今シーズンは、昨年まで読売巨人軍に在籍していた広畑塁選手がワンダラーズに加わり活躍している。広畑選手が投げる真っすぐ伸びるボールを捕球すると手がジンジンと痛む。

 練習を終え、あちこち痛む身体を引きずりながら家路に向かうために再び路面電車の停留場に戻ってくる。練習前とは異なり空はすっかり暗い。まだ点灯している球場の照明を見上げながら、近づかないと決して知ることのできない光の正体のひとつに触れたような気がして嬉しくなった。


プラター遊園地の回転ブランコ(筆者撮影)
 
照明が灯された野球場。センター方向に回転ブランコがみえる(筆者撮影)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[プロフィール]    
やじま かずひろ    
矢嶋 一裕 2005年修了 渡辺ゼミ

   
1976年埼玉県生まれ。現在、文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してウィーンに滞在中。小学校から野球を始め、高校三年夏の地方大会は4回戦負け。大学でも理工系大学野球リーグでプレーを続けた。近年は高校時代の野球部仲間と草野球を楽しむ。

HP: http://www.kyarchitect.info/
e-mail: yajima.architect@gmail.com

※ウィーンについての前回のエッセイはこちらで読むことができます。
http://www.hosei-archi-ob.sakura.ne.jp/essay/133/no133.html

http://www.hosei-archi-ob.sakura.ne.jp/essay/134/no134.html